『周産期医学』28巻7号(1998年7月号) 特集 周産期の情報処理
デジタル情報通信革命下の情報交換の実際
金沢医科大学産科婦人科学教室 助教授 高林 晴夫 (たかばやし はるお)
Key words: デジタル情報通信革命、サイバースペース、ネットワーク、インターネット、イントラネット、ホームページ、電子メール、メーリングリスト (ML)、情報コンセント、Local Area Network (LAN)、ホームLAN、モバイルオフィス (MO)、Intelligence On Demand (IOD)
はじめに
現在、デジタル情報通信革命が地球的規模で急速な勢いで進行中である。その中核、実体はインターネットである。インターネットの普及により文化的、社会的、経済的基盤が急激に変化し、再構築されようとしている。
またデジタル情報通信革命の最大の恩恵は医療、教育、研究の現場にもたらされるともいわれている。
従って、われわれの医療、医学教育、医学研究の現場でもその環境、基盤が旧来とは一変することは避け難く、そうした変化に速やかに適切に対応してゆくことは臨床医、産婦人科医においても緊要な課題と考えられる。
金沢医科大学にLANが構築されたのは1996年6月であるが、それ以来これまでにそのLAN環境をどのように活用し、その結果どのような効果が医療、医学教育、医学研究にもたらされたか、私を取りまく実際のデジタル情報通信環境を紹介しながら具体的に考えてみたい。
1 デジタル情報通信環境の紹介
まず私の現在のデジタル情報通信環境を以下に紹介する。
活動の場は、大きく分けて大学、出張先(国内、海外)、自宅の3つがある。実際の医療行為以外の知的活動は、たとえいつ、どこにいても同等同質にできることが理想的である。
大学には1996年6月にLAN環境が構築され、学内がネットワークで結ばれ、かつインターネットへの接続が可能となった。全学に張り巡らされた統合情報ネットワーク(KMUnet)の総延長は約50km、ATM仕様の 155Mbps高速LANの幹線を有し、新病院システムを含めると、メインフレーム1台、ワークステーション24台の各種サーバを中心に1000台を超えるパソコン端末が配備されている。(図1)1997年末に稼動した新病院システムは、オーダリングシステム(発生源入力)、医療情報データベース、外来診療予約制、高効率かつ高精度の医事システム、物流システム、病院経営情報システム、電子カルテ化への移行を踏まえた新カルテ管理システムなど、先駆的な試みを含んでいる。KMUnetは、医療・教育・研究の各分野で利用されており、学生たちにも勿論、開放されている。医学部では第1年次に情報処理教育のカリキュラムが用意され、情報処理研修室の端末や図書館・自習室・学生ラウンジの各所に配された情報コンセントからいつでも KMUnetにアクセスしインターネット、イントラネットを利用することができる。画像診断などのマルチメディアによる講義をはじめ電子メ−ルを使った担当教員との質疑応答など、デジタル情報化時代に即した医師養成のための教育が行われている。さらに約300台のプリンタもLAN上につながり(プリンタ共有)、高速プリントアウトが可能となっている。
われわれの産科婦人科学教室では情報コンセントが24カ所あり、教室員は教室のどこからでも、いつでもアクセスができるようになっている。
自宅においても、大学にいるときと同様の通信環境を得られるようにホームLANを構築(8ポートハブ×2によるスター型接続)し、家庭内のどこからでも同時に複数のアクセス(12カ所の情報コンセント)ができるようにしている。実際にはISDNルータ(MN128-SOHO, NTT-TE東京)を介してインターネット接続しているが、情報通信環境は学内にいるときと実質的な差はほとんど感じられない。(図2)
また国内、海外の出張先でもいつもノートパソコンを携帯し大学のデスクや自宅にいるときと同等に近い情報通信環境(モバイルオフィス、MO)が得られるようにしている。ノートパソコンは現在は PowerBook 2400c/180 (MacOS) を使っている。メモリは80MBに増設し、ハードディスクも4GBのものを使用している。(図3)最近は全デジタル情報(テキストデータ、画像データ、データベース、辞書類)をいつでも、どこへでも携帯可能となり、「いつでも、どこでもオフィス」が実現しつつある。国内でのインターネットアクセスには PHS(DDI,αData32K)対応の PC カードを使っており、通常ほとんどストレスは感じられない。PHS によるアクセスができない地域や海外ではモデム PC カードを使い、インターネットアクセスしている。海外からアクセスする時は、電話のモジュラや電気コンセントの形状が国によって様々なので事前の下調べが大切である。私自身これまで海外での学会の際にインターネットアクセスを試み、米国、中国、インド、デンマーク、スイスからメールのやり取りや画像データの送信をすることができた。いつでも快適とはいかず、しばしばいろいろな苦労をともなうことになるのが現状である。
2 LAN環境の効用
以上紹介した情報通信環境が得られることによってどのような効用がもたらされたかを列記してみたい。
LAN環境の充実により、4A(anytime, anywhere, anybody, anything)すなわち、いつでも、どこからでも、だれでも、だれにでも、どんなことでも縦横にアクセスすることが可能となり、Intelligence On Demand(IOD)が実現した。どこにいても、いつでも世界中の有用な医学情報に簡単にアクセスすることができる環境(情報インフラ)が創出され、その結果、医学情報の独占、偏在がなくなりつつある。つい数年前までは文献検索をして必要な医学情報を入手しようとした場合、多くの時間と出費がかかったにもかかわらず必要とする適切な情報が必ずしも手に入らないことも多く、今から思うと三重苦が存在した。更には得られた情報がプリントアウトされていて使い回しがきかないときてはまさに四重苦といってよかった。現在は必要な情報が瞬時に確実にさらにほぼ無料でデジタルで入手でき、そのことだけでもここ数年の内におこった大きな変化、恩恵といえる。もしウェブから必要な情報が手に入らなければ電子メール、メーリングリストを駆使すれば問題はすみやかに解決されることが多い。
インターネットを使って、実際に最も有用なのは電子メールである。電子メール出現以前を振り返ってみて、教育にしろ研究活動にしろ電子メールなしでよくやってこれたものだとの思いを深くする。それくらい電子メールなしでは現在の活動、仕事は成り立たないと言っても過言ではない。現在、国内外より毎日50通以上の電子メールを送受信している。手紙やファックス、電話も必要に応じて使い分ける事が大切であるが、研究に関してはほとんどが電子メールで用が足りるといってよい。最近は、学会の発表のあとで質問を受けたときなど、必ずといっていいほど尋ねられるのが電子メールアドレスである。現在、電子メールなしで円滑に研究活動を進めることは、もはや不可能といえる。
サイバースペース上では体感距離が限りなくゼロに近いことがよく理解できる。学内(空間距離が近い)であってもネットワークに接続していない人とは体感距離は遠く、海外であってもインターネットを介していつでも連絡のとれる人とは体感距離が近いことを日々実感している。空間距離と体感距離との相関がなくなりつつあるのが現実である。たとえば、以前に金沢の私の友人がパリに出張していて、私がインドの学会に参加していたとき、お互いに電子メールで連絡をとることがあった。お互いに地球上のどこにいようともサイバースペース上では何の制約にもならないということが実感されたまさに瞬間だった。
メーリングリストもたいへん有用で、われわれの研究活動に不可欠である。これは決められたテーマについてエンドレスにクローズドの全国または国際レベルの研究会を常時、開催しているようなもので、実際に学会などで顔を合わせたときには目新しい情報はあまりないということも多い。学会の意義は従来とは変容し、サイバースペース 上では得られない何か(something) をもとめる場として、本来の機能を果しつつあるともいえる。
ホームページに関しては、いろいろ情報を手に入れる上でたいへん役に立ち、また情報を発信する上で更に有用である。私自身、3年前よりホームページを立ち上げ情報発信しているが、国内、国外より日々多くのアクセスがあり、さらにアクセスについていろいろと分析が可能である。たとえばどこの国、どこの大学、どこの地域からどの時間帯にアクセスが多いか知ることができる。またどのページにアクセスが多いかも簡単に知ることができ、常にマーケティングをしているようなものだ。発信した情報の反響がたちどころに判明し、直ちにコンテンツの更新等にフィードバックさせることができる。
また、研究内容は既に報告したものは、できるだけ時間をおかずホームページ上にもアップしており、研究内容について質問があった場合、関連ページを電子メールで知らせるだけで問題が解決することが多く、たいへん重宝している。
ホームページの作成については、紙数の関係で省略するが、これもたいへん簡単といってよい。私自身、いつでも思いついたときにどこからでもホームページの作成、更新を行なっている。
情報入手、発信のためのバリアーは、急速に低くなりつつある。あとに残された問題は、情報入手、発信のモチベーションだけといってよい。
3 今後の課題
インターネットにアクセスしていて痛感することは欧米とくに米国と較べて発信される情報量、質に圧倒的な差が見られることだ。それは医学情報だけでなくあらゆる領域においていえることである。政府や大学であろうと、学会であろうと、研究者個人であろうと発信すべきコンテンツを有するものは積極的に情報発信、公開すべきである。たとえば、日本母性保護産婦人科医会のホームページができ、情報発信しつつある。しかし、日本母性保護産婦人科医会が有する膨大かつ有用な情報が、現在のところそれほど多くアップされておらず、いつでも手軽に検索できるようになることを希望する。一方、日本産科婦人科学会のホームページは残念ながら見当たらないようである。これも早急な取組みが待たれる。アナログな情報は時間も出費もかかり、さらに使い回しがむずかしく、もしデジタルに入手可能ならば、よほどのことがなければアナログコンテンツは必要ない(ときに邪魔になる)のが現状である。会報、学会誌等の配付方式も一考を要する時期にきていると思われる。現在、PDFによるコンテンツの配付が標準化しつつある。
研究成果の発表もウェブ上でアクセプトされるようになりつつある。その結果、最新の研究成果はもはや学会や学会誌では得られないのが現状である。医師、研究者(コンテンツのある人)であれば今後、自らホームページを作成し、積極的に情報発信すべきものと考える。近い将来には、そのことが当り前になっていると思われる。
ホームページを立ち上げ、多くの思いがけないアクセスがあり、さらに電子メールでの問い合わせを現実に多く受けるようになって、特に思うことは ボランティア的に受答えするには限界があるということである。特に医療に関することはなおさらで、責任や課金のことを含めて何か制度的な枠組みの必要性を痛感している。ソフトウェアの面から解決できることもいくつかあると思われる。
個人ベースでの情報アクセス、発信を行なう場合、通信回線のスピード、回線使用料が問題になる。回線のスピードに関しては、早期に全国の家庭レベルまでの光ファイバーの敷設が望まれる。回線使用料はいっそうの低額化、定額制の導入が望ましい。これからは、通信に関して日本全体を一区域としてとらえる発想が必要と思われる。
また、たとえ通信手順が標準化(インターネットはTCP/IP)されていても、通信のインターフェイス、ハードウェアが各国バラバラでは、グローバルなコミュニケーションをする上で大きな障害となると思われる。ホテル、空港、会議施設等の、サイエンスやビジネスに関連したところでは、通信のインターフェイスの早急な標準化が切望される。
さらに今後遠くない将来には、インターネットを利用したテレメディシンも現実味をもってくると思われる。電子カルテに関しては、その様式がバラバラで、データの再利用が困難なことが多いのが現状であり、国際レベルの標準化が求められている。
おわりに
現在進行中のデジタル情報通信革命は人類史的な大きなうねりといってよく、有難いことにわれわれ現代人はまさにその渦中にある。インターネットを中心としてマルチメディア社会が現実のものとなろうとしている現在、LAN、ホームLAN、モバイルオフィス環境が診療、研究、教育、社会活動に縦横に活用されることは、今後は不可欠、不可避のものと考えられる。
LAN、ホームLAN、モバイルオフィス環境を診療、研究、教育、社会活動に適切、積極的に利用することにより、以上に述べたような多くの効用が期待できる。
稿を終えるにあたり、多くの御協力、御示唆を頂いた金平 勲(NTT-TE北陸)、山下 和夫(金沢医科大学情報システムセンター)、中嶋 秀夫(金沢医科大学フォトセンター)、藤井 亮太(金沢医科大学産科婦人科学教室)の各位に深く感謝いたします。
参考ホームページ
JAOG: http://www.iijnet.or.jp/jaog/index.html 日本母性保護産婦人科医会のホームページ。今後の充実が切望される。
Singapore Ob/Gyn Web: http://medweb.nus.sg/kkh/ 世界中の産婦人科関連の有用サイトを紹介している。
日本医師会: http://www.med.or.jp/ 日本医師会のホームページ。
AMA: http://www.ama-assn.org/ American Medical Association(AMA), アメリカ医師会のホームページ。 米国医師65万人の検索が可能。
FDD-MB: http://www.kanazawa-med.ac.jp/~FDD-MB/index.html Fetal DNA Diagnosis from Maternal Blood (FDD-MB) に関連した情報 を集約している。
TakabayashiWorld: http://www.kanazawa-med.ac.jp/~htogkmu/ 私のホームページ。診療、研究、教育、社会活動に関連した情報発信をし ている。
Captions
図1 大学LANの構成図
図2 ホームLANの構成図
図3 MO(モバイルオフィス)用の鞄の中身 1 モデム PC カード 主に海外出張先で使用。 2 PHS(DDI,αData32K)対応の PC カード 主に国内出張先で使用。 3 LAN カード 大学と自宅で使用。 4 PowerBook 2400c/180 (MacOS) メモリ:80MBに増設。 ハードディスク:4GBに増設。 5 デジタルカメラとスマートメディア