石川医報新年号「好機到来」

金沢医科大学産科婦人科学教室  

高林晴夫

 年男というのは、多分なにかの節目なのかもしれないがあまりそうした実感も、自覚もない。そんなことよりもわれわれ人類がいま現在、環境問題、エネルギー問題、食糧問題、人口問題、医療ビッグバン、金融ビッグバンなどの全てを包み込んだ大きなターニングポイントにさしかかってきているのではないかと切実に思う。

 いつの時代にも「今まさに変革期だ」といわれ続けてきたような気もするが、今回のそれは人類史的スケールの、運(?)が良くないと滅多に遭遇できないような大変革期に違いないという自覚が僕にはある。何を大袈裟なと思うヒトも当然いると思うが、今回のこの大変革ばっかりは軽く見過すとだれにとっても何かヒジョーにヤバイことになりそうなイヤーな胸騒ぎがする。人類史的にみて最近起った今回規模の大変革は18世紀にイギリスで始まった産業革命であるといってよいと思うが、その時だって多くの市民は目の前で起っている出来事はちゃんと目にしていたに違いない。しかし、市民の目の前で起っていることの歴史的意味をどれだけの人達が理解しようとし、また理解できたのかは、はなはだ心許ない限りだ。フランス革命だって、明治維新の時だって似たような状況だったのではないだろうか。すなわち、現象は目にしてもその人類史的な意味をまったく理解できないという。

 今回の大変革は、産業革命のときの状況と較べてみるとさらに始末、イジのわるいことにけっして目の前でコトが進んではくれないのだ。産業革命のときは、親切なことに目を見開いていれば何とかコトの推移をフォローすることができたことは確かだ。たとえその歴史的な意味がチンプンカンプンでも。今回の出来事は水面下(サイバースペース)でコトが音もなくおこり、しかも急激な勢いでコトが進むためにこの同じ地球上の住人でありながらサイバースペースに籍のない人々にとっては、そのなかで起っているしかも歴史的にも重大な出来事が全く見えず、また感じられもしないというこれまでわれわれが一度も経験したこともないような恐ろしい事態が発生しているということになる。フランス革命当時のパリ市民は、たとえ何のことかサッパリ理解できなくても、幸いなことに出来事自体を見、感じることができただけでも、何か時代の空気をうすうす予感しやすかったに違いない。今回の事態は、悩ましいことに非サイバースペース市民には気配を察知することすらほとんど閉ざされているという非常事態なのである。だからある意味では非サイバースペース市民たちは非常に安閑としていられるし、実際にのんびりと危機感もなく幸せそうにくらしている。そんなことで、その生を全うできればある意味ではたいへん幸せなことだしそれに越したことはない訳だが、多くの人々にとってそんなことは奇蹟に近いといえるだろう。

 ところで、サイバースペースとは何なのか、いったいそこで何がそんなに起っているかと思われるかもしれない。サイバースペースは、人間に与えられたいくつかのスペースのひとつであり、人類のすべてがはじめて共有できる情報空間、知の空間といえるかもしれない。そこでは既に世界中の非常に多くの人々が自由闊達に知的、社会的、経済的活動をおこなっている。やがて、現実空間での人間活動を越えてしまう部分もでてくることだろう。既存の社会システムを根底から作り替えてしまうことにもなるだろう。現に僕自身のここ数年を振り返ってみても、サイバースペース上に市民権を得て多くの時間をネティズン(Netizen)として生活していることがよくわかる。理念としてではなく、ほんとうに地球上のだれとでもネットを通じて繋がっていることを日々実感している。

 400万年におよぶ人類史上の3度目の大変革期、「第三の波」(Alvin Toffler)、デジタル情報通信革命に幸運にもその気になりさえすれば、われわれ地球上のだれでもがフェアに遭遇することができ、コトの是非はともかく、滅多にお目にかかれない好機到来であることは確かなわけだからそれをムザムザと見過すことはなんとしても避けたいところだ。獅子座流星群を見損ねるのとはわけが違うのだ。これも残念なことではあったが。ここはこの際、目を見開いてといってもさっきも触れたように実際のところ何が見えるわけのものでもないのだが、しっかりとサイバースペースでのことの成行きを実感しておいたほうがよいとおせっかいながら思う。ただ、その本当の文明史的な意味がわかるようになるのは例によってだいぶ後のことになるだろうが。